松本コウイチの徒然日記

GERO_Matsuの日記

神保町 覆麺 「覆麺(塩)」

 
この記事を書いている人 - WRITER -
GERO_Matsu
千葉県松戸市在住のオッサン。 "オイルショックの年に生まれた"と言われ続けて育ってきた。 食べるの大好き、作るのも好き。 DIY系も頑張っています。最近はレザークラフトも始めたけど…(^^;。

神保町の『覆麺』にて、「覆麺(塩)」を食べて来ました( ^o^)ノ。

本当はスペシャルな「ジャージャー麺」の日だったのですが、またその時間に合わせてお店に行くことも出来たのですが、どうにも今日はノーマルな「覆麺(塩)」が食べたくて、「ジャージャー麺」を袖にしました(^^;。

考えてみれば、私がこの『覆麺』に足繁く通うようになったのは、この「覆麺(塩)」の存在があったからなんです(^^;。

今から20年以上前になるのでしょうか。
当時、パソコンオタクとして秋葉原にしょっちゅう出没していた私は、某パソコンショップに勤める友人から、当時秋葉原の妻恋坂付近にあった『がんこラーメン』の存在を教えてもらいました。
そこの店主の気さくなさや、蕩けるようなチャーシューに惚れ込んで、通い詰めるようになりました。

そのお店で一番好きだったのが「シソ風味の塩ラーメン」で、今でも時々夢に見ます(^^;。

その後、実は本郷にも『がんこラーメン』があるよ、と聞きつけ、そちらはクルマの便が良く、秋葉原のお店以上に通いました。

そのお店で一番好きだったのが「ハリハリ入りの塩ラーメン」で、今でも時々夢に見ます(^^;。

時の流れは残酷で、程なくして本郷のお店が無くなり、あれほど通った秋葉原のお店も、ご挨拶することも出来ずに、やはりなくなってしまいました。

前後して神保町にも『がんこラーメン』の系譜に繋がるお店があるよ、と言うことも聞いていて、何度か足を運んだこともあったのですが、ちょっと遠かったこともあって、常連になるほどではありませんでした。

しかし、その後転職で水道橋に勤めるようになり、近場になったこともあって、神保町の『がんこラーメン』、つまり『覆麺』によく通うようになりました。

その頃、本郷のお店がなくなり、塩ラーメンが食べられなくなったなぁ…と思って居た頃、『覆麺』で塩ラーメンを食べて衝撃を受けてハマってしまい、秋葉原のお店がなくなった頃、『覆麺』で塩ラーメンがほぼほぼレギュラー化して、一層『覆麺』の塩ラーメンに一途になりました(^^;。

こうしてみると、他で食べられなくなった塩ラーメンの代替として『覆麺』の塩ラーメンが好きになったような感じがしますが、実際最初の取っつきはそんな感じも合ったかとは思いますが、『覆麺』の塩ラーメンは、やはり唯一無二の美味さとして、尊敬を持って愛しています( ^o^)ノ。



と言うわけで、「覆麺(塩)(塩ラーメン)」です( ^o^)ノ。

この日の塩は、牛骨と乾物の出汁の日で、メインの阿波尾鶏の風味がかなり強く出ています( ^o^)ノ。
丸鶏の豊かな味わいが、塩だとダイレクトに感じられます!
これが醤油だと、全体としてコクの深い、丸い感じのマイルドな味わいになる気がするのですが、この辺はその人の好みですよね( ^o^)ノ。

いつもより少し麺が優しくなっていましたが、熱々のスープが最高で、”ガツガツ” 、と言う表現が一番合うような勢いで完食(^^;。

大将にご馳走様を伝えてお店を出ました。

ちなみに、大将のところで修業していた花木さんがこの程独立して、今は都内のどこかで11月の本オープンに向けてプレオープンをしているのだそうです。
Twitterなどでも、チラホラと実食報告が上がって来ているのですが、11月の本オープンまで、原則として場所や店名は内緒、ということになっています(^^;。

早く花木さんのラーメンも食べてみたいなぁ…と思いつつ、私の行動範囲内であることを、心から祈っている次第です(^^;。

私の『がんこラーメン』好きは、ある意味お店の縮小の歴史でもあったのですが、久しぶりに新店オープンとあって嬉しい限りです( ^o^)ノ。

…心底思うのは、入る胃袋と出る財布、これが二つあったらなぁ…と思う今日この頃です…(^^;。

この記事を書いている人 - WRITER -
GERO_Matsu
千葉県松戸市在住のオッサン。 "オイルショックの年に生まれた"と言われ続けて育ってきた。 食べるの大好き、作るのも好き。 DIY系も頑張っています。最近はレザークラフトも始めたけど…(^^;。

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Copyright© GERO_Matsuの日記 , 2020 All Rights Reserved.